やわらか金融道

オタクブログとオフ情報

カノの補足・雑文・アイデアノート

www.pixiv.net

ひと月前に『カノ』というタイトルで同人誌を発行しました。
この本はコアとなるアイディアをかなり長く温めていたこともあって、まだまだいくらでも話が出来そうです。
今月末にソロバラのWEBオンリーが開催されるにあたり、今のうちにもう少し喋っておきたいなー!と思っていろいろ書いてみることにしました。

読了後推奨、というか本を読んでもらわないと何のことかわからないかな、と思います。制作手順についてはわかるかもしれませんが……。上記リンクでほとんど全文が読めるので、未読の方はこの機会にぜひ。

制作手順

この本はいくつかの連関するお話を収録しているものですが、その構造は後付けです。
まずはなんとなく、「カノ」の書き出し部分だけを書きました。昨年のことです。

千年経つ頃にはついに女王の似姿にひびが入った。造られた当初の煌びやかな金色が失われてからは長く経つが、その錆を落とし、同じ色の服を着せ直すものが誰一人いなかったのは、彼女の姿それ自体がもはや永久不変だと信じられるような象徴的な存在になっていたからだ。実際、青い肌に転じてからの方が美しくすらあった。人々は高くからエルプシャフトを見守る永遠に少女のままのシバの女王の爪先にこぞって敬愛のキスをした。だから、砕けたのは頬からだった。それでようやく少女の像は幾重にも渡る花の台座から引き摺り下ろされた。

本来は一万年後のペルペトゥム・エルプシャフトを描く予定でしたが、その世界の技術発展のレベルについて考察する時間が足りないと感じ、後に千年後に修正しました。

この書き出しからぐんにゃり続けて書いていた内容は、同人誌版のあとがきに記載したとおり、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』を、ソロモンとバラムでやってみる試みでした。王子の像がソロモンで、つばめがバラムです。実際の『カノ』はバラムが銅像に辿り着いたところで終わるお話になったので、またかなり印象の違うものになりました。この辺りは「千年か一万年か」という問題を引き継いだ部分でもあったりします。

もうひとつ、ソロバラで書きたいお話がありました。バラムがソロモンを失った後、ソロモンの育て直しをするという話です。

f:id:yawaraka-kinyudo:20211104162948p:plain
f:id:yawaraka-kinyudo:20211104162955p:plain

描きかけの絵で恥ずかしいのですが、これはどうしても何かの形にしたいアイディアでした。成長期のソロモンと今この瞬間ぴったり同じ身長のバラムは、今後彼が大人になり、老いていく過程を目にすることになると思います。それでいて、彼が17歳になるまでの期間は(もしかしたら監視程度には見に行ったことがあるのかもしれませんが)永久に知り得ません。それを埋めたいような心の働きを書きたいと思いました。あくまで「成長を見守り、自分の思う理想的な大人のように関わる」ことを精神的に希求していることがわかればよいので、現実の子どもをペルソナのために犠牲にする必要はないと考えました。夢でも妄想でもいいけれど、できれば少し理性の残る場所であってほしい……そういうアイディアで、『ネステッド・バブル』を書きました。

ところでこの夏、ハヤカワが電子書籍の一斉セールをやっていたんです。SFはなんとなく敷居が高いように感じて避けていた分野ではあったんですが、名高い本があまりにも安いので、いくつも購入してしまいました。
読んだ本は非常に作りこまれたもので、SF的アイディアがメインに据えられた作品たちではあったのですが、作品を通して伝わる精神性はなにも特異なものではなく、作品の構造をアイテムやシステムにも投影させることで、その空気感で満たす、というつくりにいたく感銘を受けました。

『ネステッド・バブル』は元々揺らぎの中にある児童書のようなお話にしようと考えていたので、SF的なエッセンスを借りることにし、それが成功したかはわかりませんが、じゃあどのような構造を織り込んでいけばいいのだろう?と考える時間はとても楽しく刺激的なものでした。

f:id:yawaraka-kinyudo:20211104164712j:plain

籃簞についてなど、書いたノート

今回は比較的しっかりボリュームのあるお話だったので、珍しくプロットをきちんと切りました。EvernoteがどんどんよくわからないUIになっていくので、simplenoteというアプリを使いました。後に表紙を依頼するときに、お話の流れを提示できたので(それでもよくわからないものであったと思いますが)これはとてもいいことだったと思います。

話は逸れますが、プロットについては『ストラクチャーから書く小説再入門』という本を読んで、今後はきちんと書こう……と思わされました。とても楽しい本で、おすすめです。

制作手順としては、この後は書く、書く、書く、校正……でおしまいです。作業中に聴いていたBGMを並べ替え、オリジナルサウンドトラックを作る遊びをしていたので共有します。

open.spotify.com

書けなかったこと、小ネタ

・『ネステッド・バブル』は現実に起きたお話ではなく、『カノ』である部族のセッションを受けたバラムが見た幻覚、白昼夢、思考の迸り、といったたぐいのものです。最終的にバラムがお茶を吐くことでセッションは強制終了するため、お話の終わりも突然で残酷なものになっています。(なんどか訊かれたので……)

・チリの極端に入り組んだ気候帯配置や地形をイメージして描写していきました。ヴァイガルドは戦争の影響で気候や地形が歪められていると聞いたので、今回扱うモチーフとの相性なども考えて決めました。

・特に『カノ』ではバラムのことを葛城ミサトさんだと思って書きました。バラムは自分のことをシンジくんの前のミサトさんポジションだと思っていそうだからです。本当はもっと泥臭く葛藤し、何度も間に合わず、人に接するのがへたくそなはずで、そこがバラムの好きなところです。これは今後形にしていきたいなと思います。

・『カノ』というタイトルはシピボ族の言葉で「道、通じる、通る」というような意味です。シピボには『イカロ』というヒーリングソングがあるのですが、「カノ」という単語はあちらの世界からこちらの世界に通じる道を作り、精霊を呼ぶ歌などで使います。

・原稿中に引っ越しをしました。

・メギドはいつもその世界に存在するアイテム・お仕事・人々・習慣に対するポジティブな再発見をくれるので、同人誌を出すとき、そういうことを必ずやりたいと思っていました。現代語の「キャラバン」は商隊というよりはバンに乗ってやってくる新しいアイディアを持つ人たち、という感じなので、それを表現したいと思い、商幇という言葉を作って充てました。

・全然書けなかったんですが、バルゼィはキュビズムの画家のようなので、ピカソのように多様な画風を使い分けることが出来るのかもしれないと思い、「バルゼィ」という雅号を継承している作家(実際にはどれもバールゼフォン)として生きていたら面白いですよね。ソロモン没後千年のメギドたちの暮らしをもっと書きたかったです。

何か思い出したら追加していきたいと思います。

 

コロナの関係や自分のスケジュールの問題もあって、かなり大きなブランクを空けたうえでの同人誌制作でした。途中、自分で何を書いているのか全然わからなくなったり、向いていないんじゃないかとマイナスな気持ちになりました。しかし、出来上がってきた稿を見て、自分にしか書きようのない、自分のための「萌え」に満ちた文章が、稚拙ながらしっかり形になっている、それだけで十分最高!と思ってしまいました。同人女のサガですね。

今回は幸運にも表紙や文字組を素敵な方々に依頼することが出来、自分にとってとても思い入れのある本になりました。またこういう「いい」同人誌を作っていきたいです。