
家入硝子
傷跡を触る放課後 なんでもないことなんてなかったはずの
「どうしたの」って言わないほうがいいときが救えることもあるのよ多分
青色の残滓に成り果てられもせず自分の足で歩いて止まる
きれいだね 終わっていくのがわかるって 思ってしまう距離にいたから
現像の出来ないフイルム捨てられずその遥かには私もいたろ
その夜の点滴落ちる音だけがあった 私はいなかった
そんな顔したまま鉄の羽に乗り運ばれてきた塩ちんすこう
なんでもないフリをしている体にはなんでもないが刺さっているよ
強さより弱さのほうを知っているひとの沈黙がいちばん怖い
見てるだけ 崩れていくのを止めない 呼吸のように背中で泣いて
光だけ届く深海みたいな病室で今日も誰かが生きようとしてる
人類が滅んでもなお効きそうな処方箋だけ残して帰る
正しさに飽きただけだと言わせてよ 君の選んだ間違いのあと
破れたら戻らないことばかりの青春にしては静かすぎたな
白衣など似合わぬままで知っている 傷口には名をつけられる
悲鳴なら出すほど軽くはないから無言で済ませた救急車まで
抱きしめるように爆破されてく未来 わたしの手ではもう届かない
明日にはもう別の他人になっているあなたの血管まだ温かい
夕方の陽が刺す窓の消毒液だけが今日を覚えてくれる
硝子窓越しに笑ってみせる君 割れるとしてももう一度だけ
夏油傑
夜の校舎 煙草が回るその順にわたしたちは嘘が上手くなった
何度でも君らの間に立ちたいよ じゃんけんのように平和な順で
黒板の影でまわされる煙草一本 火がつくたびに誰かが黙る
明るさを選んだ君と正しさを選んだ君と、それを看取ったわたし
白衣にはもう匂いの残らない泡 答えを出すには遅すぎた午後
消しゴムと善意すり減る夏の頃 蟲の発情叩いて落とす
下敷きを仰げば揺らぐ馬鹿ほどに真面目な赤い世界の君が
製図用コンパスの針ほどの人描いた円から外に出られず
土染みて濾す血の黒さ 父母の眼もじきに忘れゆく色
手に入れて迷わずつけた齧り跡 はなから分け合えなかった本音
どの臓が最も汚れているだろう 双子のための雑巾縫って
吐くからに傷ついていく星にいて飲み込むばかりの偽善をば成す
ひそませた体の中の浅い海いまも汚れず透けるつま先
人の波憂いて寄せるその岸にたったひとりで立ち尽くしてる
夕食はいると返信したはずの帰路の電車をわざわざ逃す
気づかずに泣ける時代を持っていた 呼吸のように忘れかけてた
自販機のジュースみたいに運命が残り一本になるときが来る
手を振った先で崩れる顔がある 見えてもたぶん戻れないまま
正論で倒せぬ夜の空気だけ包帯のように巻き付けていた
誰ひとり悪くなかった日があるよ 消えかけたまま光っているよ
望んだかどうかは関係ないよね 使命のように君がいなくなる
黙っても君が分かった嘘だった 帰り道だけ夕焼けが長い
救うとは選ぶことだと気づいた日 冷えた教室に花瓶はなかった
きれいごとだけで構成されている正義を一つずつ捨ててゆく
誰もかも許す世界がほしかった その願いすら異物と呼ばれ
掌の下に静かに転がってる未来を何度も握り直した
あの日から答えがずっと剥がれない 理由はもう要らないと思う
信じてた、の過去形を君だけは責めないだろうな 知ってるから
構内の落ち葉がなぜか踏めなくて、ひとの痛みの模倣だったか
君たちの笑い声さえ遠くなる それでも確かにあったあの夏
裏切りも愛と呼ぶには脆すぎて名前のないまま咲いていた花
何を知り、何を知らずに去ったのか今さら詮索する義理もない
祈るより他に道などなかったと、それだけ書いて火をつけた紙
断絶の先にしか咲かぬ花があるならその毒もまた俺の一部だ
「強くあれ」それが呪いになることも知らずに渡す弁当の箸
わかってた あの時すでに戻れないこともわかってたのに手を振った
誰よりも強いと言われたあの人が、ただ一人きり残された部屋
名を呼べばひかりのように逃げていく それでも誰かで埋めようとした
忘れてもいいような午後だったのに なぜか呼吸が苦しくなった
ガラス越し見たもの全部まぼろしで、ほんとうのことほど遠くにある
傘を差すような手つきで別れたら 戻る道などないのだとして
体温があった椅子から立ち上がり 何ひとつ言えないままの背中
断絶の意味を教えてくれた人の不在だけがまっすぐに立つ
最初から破れていたのかもしれぬ地図をまだ持っているのが罪だ
白線を踏まずに歩く癖だけが残ってしまう午後のあかるさ
掌の真ん中だけが冷えていて、強さの形を撫でてしまった
寄せられた靴のむこうに見た未来 もう名前では呼べないものだ
いい加減どこかで泣けばよかったな 遅すぎることばかりを抱く
間に合う、と言うたび遠ざかるもの 嘘をつけるほどには強くなく
夕焼けのなかで一人になったとき、誰も悪くなかったと知った
ふたりぶんある沈黙を抱えたまま帰れなかっただけの教室
呼び止めたような風の音だけが生きている者の背中を押した
制服の襟を指先で直したひとのいない午後をどうして消せぬ
五条悟
声だけがやけに近くて目を閉じた、どちらが先に逸らしたとして
救えないことが痛みになってゆく、それでも願いは消せなかった
濁った水に足を浸せばたしかに まだ生きていた証がゆれる
夕焼けのなかで一人になったとき、誰も悪くなかったと知った
“最強”を折り紙にして飛ばしたら二度と拾えぬ位置に着地す
「だからさ」と言いかけた口 誰よりも生き延びてしまいそうな顔で
挙げるなら傘を差される勝手さも嫌いじゃないが似合わなかった
いつかもし地球の滅ぶ日が来ても生き残ってしまえる側の人
いつの日か誰もが腰を上げて発つその空港にようやく着いた
借り違い戻さずに観たロマンスのタイトルでさえ覚えてるのに
誤字のまま提出した詩赤ペンをおまえに入れてもらった夏は
たとえばの話だと言うその手振りシャーペンの芯戻せずに折る
届かない俺のG線上の先 生きてたことを今晒すのか
やるせなさだけで靴紐むすんでも午後には多分解けているから
海中についに落としたサングラスきっと焼き切れたかった網膜
選ばれた側の孤独をふざけてはやり過ごしたる昼の校舎に
名前呼ぶたびに空気が凍るから黙ることでしか生きられなかった
冗談とマジのあいだで笑うけど本気の顔を見た奴はいない
「お前なら救えたはず」と言われても そうならなかった今が答えだ
強さって言葉の意味が剥がれ落ち一人でいるのが上手くなった
ギャグならばツッコミがいるはずだろ? もう聞こえない返事を待ってる
見下ろせる高さにずっといたくせに気づけなかった何もかもだよ
君のいない未来を生きる術だけはどの教科書にも載っていなかった
追いつけるはずだったと思ってた それが全部間違いじゃないとしても
白ってさ汚れやすいけど似合うよ 言えなかったことばっか残る
“最強”でいさせてくれたあの夏をまたやり直す勇気はないよ
零距離で君の絶望見てしまい立ち止まるしかなかったこの足
任されたから背負っただけなのに戻れなくなった光の中へ
なぜだろう 消えないままの声がある 今でも笑っていてくれる声
強い人しか見ない夢があるとして、じゃあそれって呪いじゃないか?
なにげない朝に捧げたバリアも、今ではただの記憶の結界
やりなおせたら、なんて言わないけど やりきれなかったとは思ってる
全員を救えた夢があるんだよ それだけがいまも目にしみるんだ
失ってからしか言えないことばっかで、なのに今日も口は軽いまま
信じてもらえるかな、って今でもさ 思ってるんだ、俺はずっとさ
ふざけんな 全部わかってたくせにと自分にだけは言えないでいる
守れないくせに守れる顔をして、今日もサングラスだけが眩しい
遅すぎたって笑ってくれよ そのときに間に合ったものが一つもない
出席簿空欄だったお前のとこ ちゃんと覚えているのが地獄
馬鹿だから諦められず起きている夜に世界が死んでく夢をみる
誰よりも信じたやつがいなくなる手前で冗談しか言えなかった
置いていった癖に残ってしまってるこの気配だけ、俺の罰だろ
生きててほしいって願ってしまうほど俺だってもう綺麗じゃないよ
気にしてるって気づかれたら終わりだとギャグに紛れたままの告白
ふたり分バカやってたら、片方がいなくなっただけの昼休みです
ぜんぶぜんぶ背負うつもりでいたのにな 背中の形を誰も知らない
また会えたとしてもどうせ殴るくせにって お前の声が耳鳴りになる
善とか悪とかどうでもいいから今だけ誰かを信じさせてくれ
強いってのは選べることさ 本当は 選ばなかっただけの話だ
世界ごと置き去りにして残るのがこの手だけって、笑えるかバカ
おまえとは喧嘩もできた それなのにさよならひとつ渡せなかった
「最強」をふざけて書いたジャージでも誇れた日々が確かにあった
この道の果てに何かがあるとして、それを見せたいやつがいたんだ
声だけが残る部屋ってあるよな 音量ゼロでも思い出せるやつ
手を振ったあとに歩いたつもりでも、たぶんあの時動けてなかった
教室のガラスが映す俺たちは 今より少しまともだったか
光しか届かない場所にいて、誰の痛みにも気づかずにいた
正しさの矢印いつも俺の方を向いてた 間違えたふりして
強さって何かわからないままなのに、その役割だけ捨てられなかった
笑ってた俺を思い出すたびに 殴りたいような日もあっただろ
救えない、って言うたびひとりになった 強さがどんどん冷えていった
おまえなら分かってくれると信じたが わかってたのはそっちだったな
目をそらし続けた夜の向こうには、まだ誰もいない過去があるだけ
ふざけたら泣かずに済むと思ってた 今もそのやり方でしか話せない
置いてったやつをまだ笑いたくて、生きてるくせにずるいだろ俺
見送ったつもりでいたが嘘だった ひとつも前に進めてなかった
たとえばの話を今もしてるけど、どこかでずっと信じてるんだろ
「またな」とか言えば済んだと思ってた、そういうやつだった俺たちは
さしす
「またね」の裏にある全滅回避の術式がもしあればって今も
空き教室ばかりが並ぶ別棟で知らない星の恋バナをする
椅子と椅子の空間だったわたしたち 体温はもう過去にあった
言い訳のない時間だけがあったね 誰も笑わず泣きもせぬ午後
「死ぬなよ」と「死ぬわけないでしょ」がすれ違うまま並ぶリプ欄
三人で歩くには狭い廊下でも誰も真ん中歩こうとしない
手のひらを重ねて光を見たあとで指の隙間にしか残らない日々
やり方が違っただけだと信じたい あの日の君にまだ怒れない
体温があったはずなのに椅子だけがぬくもりをまだ返してこない
目を逸らすことで続いていた関係が破れたときの音を知ってる
あの頃の誰が悪いとかじゃなくて、それでも選ばれたのは君だった
仲間って呼び方だけじゃ足りないが、それ以上はもう言えなかった
「何してる」って送るたび遠ざかる、でもたまに既読がつく奇跡
隠しごとできない顔で笑う君を知らないふりをした、許して
おそろいの傷がひとつずつ増えてくたびに、ほんとうのことは減った
置いてったんじゃなくて残したんだと気づくまでは自分を責めていた
君たちを見送る背中に伸びていた影の長さがただつらかった
生きのこるってことは嘘つくことなんだってあの時学んだような
誰ひとり正面を向かず並んでた廊下の光が三人を裂いた
机には消しゴム 少し欠けていて 輪郭だけが同じだった手
買い食いの唐揚げ棒を分ける午後 小さな均衡だけで保って
いつだってふざけて笑う声の裏 正しさよりも痛みを抱いて
ノートには誰かの描いた無限マーク 閉じれば破れそうな友情
昼休みジャージ姿で並んだ背は 同じ未来を向いていたのに
教室の窓際で夢を話すとき 誰も否定はしないことで聴く
夏の日の、誰も傷つけなかった頃のまま 日傘の中で揺れてる
どこまでもまっすぐで不器用だった男が今も罪を信じている
無言でもう伝わる距離だったから、言葉になれば届かなかった
遠ざかる背中の数だけ風が吹く 誰かの選んだ正しさのあと
三人が並ぶ写真はもう撮れず、そのかわり文字が残されている
崩れゆく校舎のなかで座ってた三脚のような、三人の時代
誰が悪かったというよりもたぶん “わかり合えた”が罪だっただけ
制服の襟を整え合う仕草だけ、いま思えばずいぶん近かった
互いには触れられぬまま歩いてく 並んだ靴の泥は乾かず
2025.10.09発行